去る1月15日日曜午後2時からさいき桜ホール小ホールにて、佐伯市民大学第13回講座が実施され、参加者は22名だった。
この講座は山形の羽黒山伏・星野文紘氏が講師をされる来月2月26日の第14回講座の予習講座として、前半は出羽三山信仰、修験道、講集団について基本的なことをスライドで学び、後半はNHKのドキュメンタリー番組を大スクリーンに映した映像を視聴した。
講座前半;第一部:修験道と山伏の基本を知る
スライドの解説で、
①修験道がそもそも山深い地形を持つ日本古来の山岳信仰に端を発し、日本に伝来した仏教(密教)を取り入れた神仏習合の要素があり、役行者が開祖とされ、修験道の本山は奈良の金峯山寺とされていること。
②熊野三山、英彦山、出羽三山が“日本三大修験道”と言われていること
➂明治元年の神仏分離令に続き、明治5年の修験道廃止令によって、里山伏(末派修験)は強制的に還俗させられ、昭和22年の日本国憲法が信教の自由を保障してから修験の活動が復活したこと
について学んだ。
出羽三山では、秋の峰入りという7日間の修行を終えると正式に山伏になることができる。
修行を達成すれば、老若男女、職業、国籍、性別を問わず誰でもなれる。
羽黒山伏は毎年夏に出羽三山を登拝する講集団を自分の経営する宿坊に泊め、登拝の際は講集団を出羽三山の各神社へ先頭に立って導く。
講座前半;第二部:講集団とは
平安時代に貴族が始めた仏教信仰の集会が最初の講で、次第に民衆に広がり、土着の神や共同共助(金融、葬式、労働交換など)の仕組みを組み込みながら発展したもので、かならず講の集会後には飲み食いをすることになっている。
出羽三山講は羽黒山伏が江戸時代に布教した東北(宮城、岩手、福島など)や関東地方(千葉、茨城など)の村々で盛んになり、毎年夏に出羽三山に登拝するしくみが現在まで300年以上続いている。
一方、宮崎県の綾町にもいまだに多くの講集団が残っており、伝統的なものから、今風の頼母子講(飲み食いが目的)が混在するものの、中身は伝統的なルールに則っていて、自治公民館制度をこうした共同共助の講集団が下支えしていることが分かった。
講集団は「誰からも支配されず、自分達の意志で、自分達の力で共同し、楽しみながら自分達がめざすことを実行する集団」として、自治にも深くかかわっていると考えられる。
社会は刻々と変化しますが、百年、千年単位で持続するものとは信仰、祈り、絆、楽しみ、価値といった目に見えないものかもしれない。
後半;ETV特集「「山伏、現代(いま)を駈(か)ける〜祈りの山 出羽三山〜」(60分)
山形・庄内地方の大自然の四季の移り変わりを大スクリーンの圧巻の映像美、迫力ある音響で鑑賞。出羽三山の死生観や山岳信仰の原点を学んだ。
https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/episode/te/WPJRLJ9945/
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